岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第41回 |
玉子丼とやる気のない店
注釈※1
注釈※2
注釈※3
しっぽくとは野菜の煮物。それをかけたうどん。四国で盛んに食べる。
注釈※2
花麩やかまぼこ、しいたけなどがはいったもの。昔はそれらの具でおかめの顔をかたどったことからその名がついた。
注釈※3
現在は海老や野菜を炒めたあんかけがのっているタイプが多いが、昔は玉子焼き、かまぼこ(またはナルト)、ハム(またはチャーシュー)、しいたけ、さやいんげんなど(店によってかなり違う)がのっていて五目だった様子。
メニューにはあるんだけれど、誰かがそれを食べているのを見た事がない。 もちろん自分も食べたことがない。でも、メニューにはずっとのっていて削られることがない。
たとえばあんかけそば。しっぽくうどん(注釈※1)。おかめそば(注釈※2)。
若い子たちは、これがどんな食べ物が、と説明できるのでしょうか。 ちなみにあんかけそばは甘いとろみのあんかけがかけてあるそば。鶏肉や麩、かまぼこが入っている。
食べものには食べる前に気負い、があると思うのです。きょうはスタミナつけるか、とか、 暑いからさっぱりしたものが食べたい、とか、懐がさびしいから安く済ませるか、とか。
しかしあんかけそばを食べる人は、なにを願ってそれを選ぶのかが、ぜんぜん分かりません。
今日はこんな気分だからあんかけを食べたい、ってどんな気分なんだろう。 普通のそばよりもとろみがかかっているぶん熱いですけど、寒いからあんかけ、って話にもならないですよねえ。
(図1)
五目中華そば食べている人なんて、うちの親父が15年位前に食べてるの見たっきりです。
そんな「誰も頼まない」メニューの代表が、これです(図1)。
下世話な食べ物を物語に登場させるのが上手い東陽片岡が、玉子丼のビミョーさを取り上げています。
余談ですが、このマンガ、この7コマで終わりなんですよ。落ちなしで終わらせることが多い東陽片岡とはいえ、こんな1ページマンガありか?
メニューには載っているにもかかわらず、食べたことがある人がほとんどいない。魅力もない。それが玉子丼。
そば屋では天丼→かつ丼→親子丼→玉子丼、という序列で、丼界では最も最下層のものが玉子丼です。値段的には500円とか550円くらいでしょうか。
だけどあまりにも魅力がない。
玉子丼、って、親子丼の親抜き。つまり肉なしです。
玉ねぎ、あと細切りにしたかまぼこを、玉子で閉じたもの。
玉子丼を食べる客はいない。でも、玉子丼を作る材料は親子丼とほとんど変らない。玉子丼のために特別に仕入れる材料はない。 玉子丼がメニューにのこっているのは単純に「いつでも作れるから」だけなのです。
親子丼、もかなり微妙ですが、実は親子丼は根強いファンが多く、 地鶏を扱う焼き鳥屋さんはリキ入れて昼メニュー用親子丼を作ってたり、 人形町の老舗「玉ひで」のように、行列の出来る親子丼を出す店もあります。
対して玉子丼には専門店も名店もない。そこがやっぱり弱いですね。
(図2)
(図3)
(図4)
(図5)
だけれど特に人気がないにもかかわらず、こういうメニューをずっと載せ続けている店、はたいていやる気のない店でもあります。
でその「やる気のない店」。たいていの人は、やる気のない店にはまず足を運ばないし、入った瞬間にやる気なさそうだと、しまった、と思うのが通常でしょう。
東陽片岡はやる気のない店が好きらしく、単行本にはたびたびやる気のない居酒屋や食堂、中華屋が登場します。
チャーハンにゴキブリが混入してたり、野菜炒めにガラス片が混入してたり、 二人分一気に作るといつも量が少なくなる店とか(図2・3)・・・そしてその店構えが最高にイイ!(図4・5)
うらぶれ感、下品な感じ、不衛生さなど、すべてが完璧ですね。東陽片岡の描くとにかく下品なオヤジたちが生きてくる、ムダな描きこみ。 描きこみをすればするほど下品になる作家、って東陽片岡くらいしかいないんじゃないかと思いますね。
余談ですが、ぼくも「やる気がない店」が好きで、札幌出張の現在も、札幌ラーメンの名店、 名物のスープカレー、海鮮がリーズナブルな店、すべて無視して、入った店はある定食屋。
狸小路をどんどん進み、アーケードのはじっこにあるその店は、店構えからして年季が。 外から見えるメニューにも一貫性がない。かけそば、アジフライ定食、ラーメン、かつ丼などと書いてある。 うどんそば系とラーメンと定食を全部出す店で旨かったためしがないです。これは行くしかない。
ドアを開けました。
するとテーブルに座ってた店のおじいさんおばあさんが驚いて
「なんだ、何事だ」
客に対して何事か、ってことはないだろ。
たぶん若い子が客で来ないから驚いたんだろうか。
おじいさんは急いで調理場に行きましたが、調理場の電気がついてない。
客が来て初めて調理場の電気をつける店なんてはじめてみました。
おばあさんは中腰になり、15秒くらいしてやっと僕が客だということが分かったようです。
なんだかふたりともヨボヨボで、不安になります。客は誰一人いない。
店を見回すと、やけに広い店の中はひどく薄暗く、 テレビの前のテーブルは老夫婦の居間のようになっており、広げられた新聞、そしてセンベイの袋。
店の脇には何故かショーケースがあり、その中には兵隊の兜とかメダルとか勲章とか、へんな杯とか真空管ラジオとか、 なんか骨董みたいなものが所狭しと並べてある。そのショーケースの意味はさっぱり分かりません。道楽自慢かしら。
メニューはなく、壁にある献立を見る。
かけそば、ラーメン、天丼、親子丼、野菜炒め定食、ハムエッグ定食・・・どれを頼んでも失敗しそうな雰囲気バッチリ。
メニューは何年も変えてないらしく薄汚れてるし、店主いちオシ、 みたいなひときわ目立つ柄つきの短冊にかいてあるのがそもそも「ざるうどん」ですからね。やっぱり玉子丼もありましたし。
雰囲気から何から、普通の人なら「やっぱいいです、また来ます」といって店を出ててもおかしくないです。
そんな中、僕が選んだのはもっともダメそうな「おまかせ定食」。800円。
ヨボヨボ老夫婦に一任、おまかせします! どんな料理が出てくるのか。ドキドキしました。
待っている間、じいさんとばあさんが調理場で「これ出しちゃおうか」「じゃあそっちも出そうか」などと不穏な会話をしているのが聞こえる。
10分後でてきた「おまかせ定食」は本当におまかせでした。
ブリの刺身、ブリの焼き物、生姜焼き、ごぼうの煮物、ごぼうのかき揚げ。煮物とかき揚げが冷たい。
あとゴボウとブリばっかです。おまかせ、っていうよりも冷蔵庫一掃セールみたいですね。それでも全体的にはまあまあ美味しかったです。
しかしあの不思議な店内の雰囲気と老夫婦の無言のプレッシャーを味わうだけでももう1回行きたいですね。もちろん次は「玉子丼」頼みますよ。
東陽片岡の本「されどワタシの人生」「哀愁劇場」は札幌店で取り扱っております。この本買ったあとは、そのまま狸小路の定食屋にGOです!
※この記事は2006年2月19日に掲載したものです。
(担当岩井)